-1.昔話の一番さいしょ

静かな夜だった。
きっと人々はみな、各々の家で安らかな眠りに身を任せ、心地良い夢の世界へと誘われていることだろう。


最初に目に映ったのはその、夜であるのに目に突き刺さるが如く鮮かに咲き誇る、赤き華。



神木村の外れの一角にだけ、群生する赤の花々の中央にはぽっかりと開けた場所があり、そこには小さな白い花が群生していた。いびつに象られた、白。
他の何色にも染まらぬ、純粋なるその白は、彼女の美しい毛並みを思い起こさせる。

ふうわりと。
音も立てずにウシワカは其処に降り立った。


此処が。
彼女の最期の―…

そう思った途端、表情(かお)が強張り、眉間に皺が寄った。

目を閉じて、脳裏に焼き付くあの光景を反芻する。





…あの時。
自力で移動することはおろか、立つ余力すら残されていなかった彼女はイザナギに運ばれ、此処に、いた。

彼女の周りを取り囲む、神木村の人々。

イッシャクが涙をボロボロ流し、彼女の目元の隈取りを優しく撫でながら語りかける言葉が鮮明に、聞こえた。



―アマ公、アマ公よぅ、頑張ったなぁアマ公、



これまで彼女を誤解し忌避していた神木村の人々はただ言葉も無くその場に立ち尽くし、その光景を固唾を呑んで見守っていた。

そして、彼女は…彼女の瞳に何時も優しく静かに湛えられていた、その光は。
その生命(いのち)が抜け落ちていくのを表すかのように。ゆっくりと。
翳っていき。

それを引き止めようとするかの様に、忙しなくなっていく、彼女を撫でる、イッシャクの、小さな小さな、手。
頬を伝う透明な雫は彼女の上に落ち。
月光に照らされ。玉の様に輝き。


そして、自分は。
その時。
西安京の上空に、いた。
ヤマタノオロチの動きに連動してナカツクニに散らばる妖怪たちの動きも活性化する為、あえて彼女達とは別行動を取り、妖気が著しく集中していた都周辺の守備へとまわっていたのである。

予知では、予言の者、イザナギによってヤマタノオロチが倒される、という事しか見えなかったから―
―只、自分は己のすべき事を見誤らず、それを執行すれば良い。
目の前の妖怪を只、斬って斬って斬り続ける。
来るべき終わりを待ちながら。

不安要素は何一つ無い。
それは確信の様なものだった。



だが、ヤマタノオロチのものであろう凄まじい妖気が弱まり、霧散していくのを感知した直後、突然脳内に送られて来た、一つのヴィジョン
遠く離れた場所を透視する能力はウシワカにはない。
何故見えたのか。自分にもわからない。
しかしそのヴィジョンが未来ではなく、現在を映し出している物である事は―


血塗れの彼女を抱きかかえるイザナギ。
彼女の、荒く乱れた息の音。


―瞬時にわかった。



ナンダ コレハ…??


コンナモノハ シラナイ


コンナミライハ ミーハ ミテイナイ



拒絶する己の心と関係なく。
目を閉じ耳を塞いでも直接己の脳内に、一コマ一コマが現実の目で見るよりも鮮明に、ゆっくりと、映し出されていった。

止めてくれという心の叫びを無視して。

終りの気配が、近付いて来る―


―最後の最後に。
彼女は。
力を振り絞って天を仰いだ。
そして―


遠吠えが、一つ。
しんとした月夜に切なく響き。




そして。
彼女は死んだ。
此処で。


「アマテラス君…」

応える者は無いと知りつつ発した呼びかけは、自分で情けないと思うくらいに心細げな物で。
花々の群生の中にしゃがみこむ。

赤い花。それは彼女の流した、紅い紅い、血。
白い花。それは彼女の冷たい亡骸(むくろ)。

彼女の身体は彼女が息絶えると同時に白き草花へと姿を変えた。
この美しい花達だけが、彼女の、墓標…

ポツリと。
「ユーが死んじゃったんじゃぁ…」
…意味がないじゃないか。
自然と零れた言葉。
ヤマタノオロチだって、封印されただけなんだよ?
少し恨みがましく、響いた。

何故あの時彼女の側に自分は無かったのか。
自分も彼女と共に在れば、彼女は死なずにすんだのではないか。
償えない罪。自分はまた罪を犯してしまったのではないか。
どうすれば良かったか。何を誤ったのか。
クヤシイ。カナシイ。サミシイ。イトシイ。

「アマテラス君…」


これから…


「ミーは…」


どうすれば…


頭の中を手で掻き混ぜられる様な、ザワザワとした、感覚。
不安。後悔。哀惜。自責。喪失感。混在する様々な感情が鬩ぎ合い、脳内で不協和音を奏で、掻き乱す。

堪らず膝を付き、両手を花々に埋めた。



―パチンッ



突然。

切れていたスイッチが、入る。
未来を予知する―

能力のスイッチが。


解かれた封印。
ヤマタノオロチの復活。
暗き闇へと覆われる世界。
彼女を象る、像。
力強く、大地を駆ける、彼女の姿。
鮮やかに息を吹き返す、緑。
行く手を阻む、強大な妖魔に立ち向かう、荒々しくも美しい、白き獣…




―闇、世界を覆うとも、再び光、あまねく世を照らす―




目を見開き、固まっていた表情。
瞬きを一つする。
己の内(うち)に在ったざわめきは消え。
口元が歪み、それは、自分が笑っているのだと気付いた。



「は…はは…は…」



「これはオープニング…いわば物語の序章…」



己のすべきが、見えた。
わかったよ、アマテラス君…


「ユーが帰ってくる、その時まで…」

一体それがどれ程後なのか。
それはわからない。
しかし、彼女は必ず戻ってくる。
その日がどれだけ遠くとも。


「ミーがその物語、引き継いでおこう…」


貴女の愛する、この世界を。
人々の生活を。
影ながら守り。
自分の行動が少しでも貴女の、布石になれば良い。

とても大きな大きな、罪。
その罪滅ぼし。それこそが自分の行動の根本に在るべきものだ。
しかしそれではない何か。それ以上の何かが。
贖罪の念だけではない何かがこの胸の内には在る。
単純な名詞(ことば)では名付けられないそれと共に、貴女を、待つ。


「終止符(ピリオド)にはさせない…」


自分の声の真剣な響きに一瞬驚く。
らしくないなぁと、わざと口調を軽くして続けた。

だから…
―少しは休憩も必要だってミーもわかってるけど、出来るだけ早めに帰っておいでよ、アマテラス君―



「あんまり遅いと…」





―待ちくたびれちゃうから、ね…





-END


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*後書(反転)


何となくさいしょ=始まりと思い付いたのが此処でした。

舞台は100年前のヤマタノオロチを退治してすぐ(=白野威が死んだ直後)、
ある夜の神木村です。

題して隊長IMe miss You、慈母織姫を待つ、彦星になる決心をするの巻!!
…何か違う気がヒシヒシとしてきましたがっ!!フィーリングで悟ってくださいっ!!

イッシャクの若い頃はイッスンと一緒で人情に厚く男気溢れるコロポックル青年だ
っただろうなー、というイメージがあり、きっと相棒である白野威の死を固い覚悟
でもって受け入れ、ヤマタノオロチとの戦いへ、イザナギを救いに行ったのだろう
と思うのと同時に、やっぱり死を迎える相棒を涙流しつつ見送り、涙を思いっきり
流した後、スッパリと己のすべきことへとシフトチェンジ、未来へと目を向けたの
ではないだろうか、そんなことを考えながら書いてみました。

そして何か管理人、紅い花出すのが大好きらしいです。
無双のSSでも出してました。タイトル『紅花落』。
まんまです。気が付けば、紅い花。

ついでにこれまた気付くと、女々しくなってしまう隊長。
おかしいなぁ…こんなはずでは…

一番最後の一言は強がり成分80l配合でしょう、きっと。

次こそは凛々しくカッコ良い隊長を華々しく登場させてあげたい感じです。



++++++++++++++++++++++++++++++++2007/08/15