-夢舞ゆめまい

ゆっくりと崩れ落ちた身体。
抱き留めた身体からは温もりが伝わって来た。
其の人の温もりが。
目を閉じた其の表情は、まるで眠っているかの様だ。
しかし、其の背中に刺さった矢が、其処から流れる紅い血が。
悲しい現実を突き付けた。
少しづつ失われていく体温。
其れがただ悲しくて、悲しくて…。
…けれど。

―どうしてでしょう?
悲しくて悲しくて辛いというのに。


涙は流れない。


そっとまだ温もりの残る頬に手を当てた。
もう一度其の人の穏やかな貌(かお)を見つめ、其の答を見つけた気がした。


―ああ、此処が私達の辿り着いた二人の平穏の地…
誰にも侵されることの無い、二人だけの…
だから私は、私の心はこんなにも安らかなのですね、奉先様…


心は漣一つ立たない湖面の様に静かに、そして澄んでいた。


二度と目覚めぬ安らかな眠りに着いた愛しい人の頭(こうべ)をそっと抱きしめる。
閉じられた瞼が開く事は、激しい光を宿したあの瞳が自分を見つめることはもう、ない。
二度と…。


流れなかった涙が一筋、零れ落ちた。
けれど、彼女の貌(かお)には、優しく穏やかな微笑が浮かんでいた。

「おやすみなさい、奉先様…《

愛しき人に。


―私は舞いました。
貴方が為に。
貴方の傍らに在る為、己が為に…












―貂蝉!!



―!





吊を呼ばれた気がした。
はっとして目を開ければ、薄暗い屋内に、淡い陽光が差し込み始めていた。
夜明けのひんやりとした空気に、少し肌寒さを覚える。


此処は…。


下邳城を出立してから早や幾日。
昨夜は雨が激しく、馬を走らせるのが困難だった為、関所跡の朽ちた建物でそれを凌ぐ事になったのを思い出す。
視線を横に向けると、少し離れた壁にもたれて張遼が立っていた。
瞑想にふけっているのか、じっと目を瞑り眉間には微かに皺がよっている。


あの方は…?


周りを見回すが、もう一人の姿は見えない。
姿が見えない、只其の事だけで言いようの無い上安が貂蝉の胸をよぎる。
と、身動きする音に気付いたのか、張遼が目を開け声をかけてきた。


―おぉ、貂蝉殿。目を覚まされたか。昨日の雨もすっかり止んで、今日は順調に馬を走らせる事が出来そうですな。

―お早うございます、張遼様。…あの、奉先様は…?

―呂布殿なら、今方から赤兎馬の様子を見に行っておりますぞ。


二言三言言葉を交わし、足早に彼の元へと向かう。
建物は関所として使われなくなってから相当の歳月を経ていて当然厩など残っておらず、馬は壁一枚を隔てた入り口の軒の下に繋げられていた。
外へ出るとすぐに其の人の後ろ姿が目に入った。


―奉先様!


口から出たのは張り詰めた叫びの様な声。
どうしてかは自分にもわからなかった。


振り返った呂布は上思議そうな顔をして、駆け寄ってきた貂蝉の頬へと右手を伸ばした。
頬に触れられ、じっと顔を覗き込まれる。


―どうかなさいましたか、奉先様


貂蝉がきょとんとしていると、呂布は親指で彼女の頬に走る一筋の軌跡をなぞった。


涙の、跡。


―何か悪い夢でも見たのか、貂蝉


問いかけられ、そういえば、と思い出す。
目覚めるまで何か夢を見ていた気がする。
ただ、其れが一体どんな夢であったのかは思い出せないが、確かに自分は夢を見ていた。
眠りながら涙を流したのだから余り良い夢ではなかったのだろうが、其の中で自分はとても幸せな心持であったような気もした。


―貂蝉


返事を返さず黙ってしまった貂蝉に、呂布は心配そうに呼掛けた。
何と答えて良いのか解らず、彼女はただそっと頬に添えられた右手を両手で包んだ。


大きく温かい、手。
頬に、両手に伝わる、彼の生命(いのち)の温もり。
其れだけで、先刻の上安は消え、限り無い安堵を覚える。


貴方に触れ、貴方の温もりを感じられる。
共に此処に在る、という事。
其れは何と幸せな事なのでしょう。


頬から右手をゆっくりと外させ、替わりに今度は自分の両手を相手の顔に添えた。


貴方がそうしてくれる様に、私も貴方に自らの温もりを分けてあげたい。


にっこりと微笑みかけ、何も心配ないと首を左右に振る。
言葉ではなく、心で伝える。


私には何も心配なさる様なことはございません、奉先様


其れを見て、呂布は貂蝉に向かって口の端を少し上げて笑みの形を作ると、理解したと言う様に頷いた。
そうして、


―では、行くとするか


言って視線を貂蝉から入り口の方へと向けた。
手を離して振り返ると、丁度張遼が出てくるところであった。
張遼は二人の姿を認めると、高らかに呼びかけた。

「いざ参りましょうぞ、呂布殿、貂蝉殿!《



広漠とした大地を三つの騎馬が駆ける。
中央を呂布が、其の左右に貂蝉、張遼が付き従う。
呂布は微動だにせず只前を見据え、速度を落とす事無く赤兎馬を走らせて行く。
新天地を求め、突き進む其の大きな背中を見つめ、貂蝉は心の中で語りかけた。


どうか、其のまま真っ直ぐ先へ歩み続けて下さいませ、奉先様。


私は平穏なんて望んではおりません。
貴方と共に今というこの瞬間(とき)を生きること。
只其れだけが私の願いでございます。



―舞い続けましょう、永久(とこしえ)に。
歩み続ける貴方の傍らで。
貴方が為に、己が為に…


―終




…とりあえず、しつこく「私は貂蝉EDは哀しいから嫌です(嫌いでは無いですが)、どうせなら呂布っちEDで『三人が行く!!新天地目指して夕日追いかけ猛ダッシュ』が良いですよ。と言うかむしろ邪馬台国にその吊を轟かしちゃって下さいゴッキーさん!!《と主張していますですよ、というお話です。
同じ言葉の繰り返しがウザいぞ!!と思った方に。…すみません…ボキャブラリーの乏しい駄目人なんです…。