目を覚ますと、膝に重みを感じた。

…?
……!?

普段は細く切れ長の目が驚愕にドングリの様に丸くなった。

自分は源彗の心から生み出されたモノノ怪を斬った後、辻斬りを繰り返し江戸へと逃れる為に船に乗ったという佐々木兵衛のモノノ怪を、と立て続けに退魔の剣を抜いた。
連続抜刀故の疲弊のせいか、その直後激しい睡魔に襲われて何とか畳の上に上がって…。

そのままの体勢で硬直したまましばし記憶の糸を辿る。


―オホン。


わざとらしい咳に顔を上げると、奇妙な形に眉をまげた修験者がいた。

「…ぬう、主らはそういう関係であったか…」

「…………」

…沈黙。

そういう関係、とはどういう関係なのか。
いつの間に、いやそもそもどうして彼女が自分の膝を枕に幸せそうに午睡をとっているのか。

…ビリビリと鈍く痺れを伝える足。


何とも言えない表情を此方に向けている幻殃斉の顔を只じっと見つめるより外無い薬売りであった。


加世さん…足が、痺れてきているんですが、ね…


視線だけ下に向けて幸せそうな寝顔を見て音を立てないように溜め息一つ。

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-船上にて-

「あ、薬売りさんこんな所にいたんですかぁ〜っ」

奇麗に台の隅に揃えられた少し歯の高い下駄。
三階で畳に上がって座っている薬売りを見つけて加世は言った。
広い畳の端っこにちょこんと座って目を瞑った薬売りからは返事は返って来ない。
加世はついさっきまで目を覚ました源彗を幻殃斉や菖源、船主である三國屋多門らと一緒にみていたのだが、途中でその中に薬売りがいない事に気付き、源彗が落ち着いたのをみてから探しに来てみたところ、相手はどうやらお昼寝中の様だ。

「薬売りさ〜ん?」
返事が来ない相手に呼びかけながら相手に倣って彼女も靴を脱いで畳に上がる。
薬売りは両足を前に伸ばして両手は体の側面に付けL字の様に座っていた。

…何にも寄り掛かってないのにこんな座り方して座り辛くないのかしら…?

隣りにぺたんと座り込み、何とはなしに下から顔を覗き上げてみる。
逆三角形で吊り気味の目は閉じられ、青灰色の瞳は下ろされた瞼の下に隠れ。
スッと通った鼻梁、切れ長の目に長い睫毛。整った顔立ち。
血の通いを感じさせない白い肌にその座り方は命の無い人形を連想させた。

まるで操る糸の切れた、操り人形の様―

一瞬ギョッとなった加世はとっさに薬売りの手を掴んだ。

…あったかい。

当たり前の事にホッとして手をパッと離す。
……。

耳を澄ませばすうすうと微かな寝息も聞こえて来た。
自分が変な行動を取った事にバタバタセルフツッコミし終えると、また周りは遠くに聞こえる波の音とそれに混じって薬売りの規則正しい寝息が聞こえるだけとなった。
今度は隣りで騒いでいるのに起きない薬売りを怪訝に思い始める。

…こんなに五月蝿くしてるのに起きない…
やっぱりすんごく疲れるのかしら?退魔の剣抜くのって…

モノノ怪の形と真と理、三つの条件を揃えることによって抜く事が可能となる、清めの剣。
今回加世が薬売りのモノノ怪退治の場に立ち会ったのは酒井の屋敷と合わせて二回目だった。
抜刀した後の事は激しくて何が何やらほとんど加世には把握することが出来なかったが、ぼんやりと覚えているのは人ならざるモノに刀ならざる刀身の刀を振るう後ろ姿。
多分それが薬売りだろうと思うのだが、その人物が陶器の様な白い肌ではなく、自分以上に褐色の肌をしていた様な気がする様な、しない様な…と記憶はおぼろげ、矛盾もありといまいちしっくりとしていない。

しかし必ず。
抜刀された後にはモノノ怪は斬られ、それと共に見えない何かが断ち切られ、終わっている。
それを感じるのだ。

酒井のお屋敷でも、このそらりす丸でも怖い思いは沢山したが、モノノ怪の裏には必ず隠された何かがあった。誰かが隠さんとする何かが。
それには人の隠したい、また見つめたくないドロドロとした暗部が関わっている。

酒井の屋敷の隠し部屋。
其処に囚われていた、珠生という一人の女性の事。
前当主らが彼女に行った非道い仕打ち。
一匹の黒猫。

普段あまりくよくよしないと自他共に認めるポジティブな加世も流石に酒井の化猫騒動の後はずうんと心が重たくなり、食が一週間ほど細ったりもした。(小田島には会うたんびにちゃんと食ってるのかと心配された)

それと彼はいつも向き合い、その全てに目を背けることなく、見つめ続けて来たのだろうか。
人が生み出す、暗き闇を。

人の世にあるモノノケを斬らんが為に。

…会わない間に随分と雰囲気が変わっちゃってたのも、その事が関係してるのかなぁ…

酒井の屋敷で初めて会った時は他愛も無い小娘のお喋り(内容はY談だったりする)に付き合ってくれたり、小田島と軽口を叩き合ったり(実際には小田島が一方的にからかわれていたというのが正しい)していたのに、そらりす丸で再会した彼は妙に無愛想でそっけない態度だった。

モノノ怪退治で何かあったのかもしれない。
彼を変えてしまう何かが。

最初は戸惑った加世だったが、今は気になってはいない。
今回のモノノ怪騒動を通して、変わってしまったのは表面だけで、彼の内なる根幹たりえる物は変わってないと気付いたからかもしれない。

アヤカシが出て来るのを楽しんでいる様子に、彼の事を疑ったりもした。
けれど落ち着いてからよぉく考えてみると、船幽霊も火薬で追い払ってくれたし、海座頭の時は倒れそうになった自分を支えてくれ、源彗に巣食ったモノノ怪を祓い。
自分達を、助けてくれたのだ。

―薬売りさんって本当は良い人なんですよねっ。

眠ったままの相手にまた話しかけてみる。
…すうすう。

―本当に眠ってるんですかぁ?狸寝入りだったりしてぇ〜

調子に乗ってほっぺをつついたりしてみる。
…すうすう。

つねって伸ばして。
―うふふ、薬売りさん変な顔〜っ
…すうすう。

あれこれいたずらしてはみたものの、微動だにせぬ相手にちょっとつまらない気分になってきて。

―んもぉ〜っ!!いい加減起きてくれないと薬売りさんの膝、枕にしてあたしも寝ちゃいますよ〜っ

意識の無い相手に腹を立てて勢い良く膝の上に頭を乗せて寝っ転がる。
…すうすう

ぷうっと少しほっぺを膨らませてむぅーっと唇を尖らせて。

―もぉ知んないですからねっ!!




探しに来たのに相手の膝枕でふて寝を開始する加世ちゃんだった。



波の上下運動に従って船体が穏やかにユラユラと揺れ大きなゆりかごとなり。

しばらくすると、一つの寝息にもう一つの寝息が重なって聞こえ始めた。


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海坊主事件直後のそらりす丸にて。なイメージのイラスト&短編です。
←こっちはカラフリャーバージョンです。
ちょっと背景を描いてみよう!!と力んでみたのですが…捏造過ぎる!!!
DVDの表紙(ジャケット?)のそらりす丸とかを参考にしてみたのですが…
全っ然違ってました…出来上がってから気が付くという。
拙い文章、お読み下さりありがとうございました!!


2008/04/01